（室生犀星）
2016年4月14日21時26分、熊本地震発生。震度7を記録した1回目の前震で、玄関からは外に出られなくなった。なので、16日未明に発生した2回目の震度7強の本震は避難所で迎えた。あまりにも急転直下で事態が進んで行くので、アタマが全然ついて行けず、その頃はまだ（有給、足りるかな？）なんてことを心配していた。有給どころか、職場に戻ることは二度となく、我が家に帰ることも二度となく、結局は、家族で “故郷” を去る決断をすることとなった。
熊本は盆地であることから、1日の温度差が大きい。夏の暑さも冬の寒さも、厳しさという点では九州一だと思う。さらには、ほぼ無風状態なので、蒸し蒸し感がすごい。私個人の見解だが、熊本弁の口調がやや強いのは、気候の厳しさが影響しているのではないか？ 毎朝、朝刊で熊本と現在住んでいる街との、最低気温と最高気温を比較している。九分九厘、結果は最低も最高も熊本に軍配が上がる。〝流石、熊本！〟 と変なところに感心してしまう。
あんなに嫌いだった熊本の気候までも愛おしく感じるとは。いよいよ私の中の熊本が枯渇してきたのだろうか。2ヶ月に1度しか帰ってないもんなー。すでに実家は解体も済んで、更地になってしまい、もう帰る家は無くなってしまった。
（ヘリック）
住民票も保険証も全て引越し先に移動させてしまったが、唯一病院だけは、熊本の病院のままにして、2ヶ月に1度、高速バスで熊本に帰っている。私の主治医の先生は、60代後半位だろうか、勿論真面目な態度で患者と向き合うのだが、それでもどこかしらユーモラスな面も併せ持っている。何より患者の話を存分に聞いてくれる方だ。“うんうん„ と黙って辛抱強くこちらの話を聞いてくれるから、思わず喋り過ぎてしまう。でも、案外その喋り過ぎた部分に、自分の思いが詰まっていたりして、そんなことを考えていたのかと、自分で自分にビックリしたこともある。
前回の受診日の時も先生は “うんうん„ と私の話を聞いてくれた。そして、話の最後に“いつも頑張ってるねぇ„ の言葉も添えてくださった。あまりに突然のあまりに意外な言葉に、私は反射的に泣きそうになった。「厳しい言葉」に対する受け身は、かなり上達していると思うが、「優しい言葉」には心が無防備だったのである。涙は流れなかったが、震災後のトラウマの影響で不安定な心理状態だったので、今喋ったらきっと声が震えるだろうな、と思った。（そう言えば、私、震災以降一度も泣いてないなぁ）そう気付いた途端、次から次に映像として蘇ってきた。斜めになった家や、何ひとつ持ち出せなかった私の部屋の家具、友達が庭に植えてくれた薔薇もそのままにして逃げてきた。
（デモステネス）
そう、私は逃げてきた。熊本に残って地元でやり直している人たちに対する引け目があるから、そう簡単には泣けない。確かに、父の病気の事など、熊本を出なければならなかった理由は幾つかある。が、100％熊本を出るしか方法は無かったかと言われると、そうとは言えない自分がいる。
熊本を離れてしまった今、私はやたら熊本での暮らしを美化したがっている。しかし、落ち着いて考えると、嫌なことやカッコ悪いこともたくさんあった。地震が起きなくても逃げ出したかった、という気持ちが1％も無かったかと言うと嘘になる。
“リセット” というと言葉の響きはいいが、故郷の暮らしを「強制終了」させて熊本を出てきた、この立ち直り方は、被災地の熊本で1からやり直す生き方に比べて、どこか脆いところがあるかもしれない。震災を機に、震災をテコにして、自分の振り幅をグーンと広げてみたい。熊本の時の暮らしが今と比べてどうだったとかこうだったとか、そんな小さな記憶に囚われないで。
熊本にいた頃の人生と、今の震災以降の人生を比較するのはやめよう。そこからは、何の答も導き出されないから。今の自分は、以前の自分より強くなっていると信じ込んで生きていこう。人間、いつでも今の自分が一番強くなっているはずだから。ここで言う「強さ」とは、ただの強さではない。「優しさ」がベースにある、“真の強さ” のことである。どんな経験も無駄なことはなく、今の自分を輝かせる武器になるはずだから。
Writer：ひねもす
