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思いがけず、家で１人きりになった。休日の昼下がり、“買い物に行くから留守番宜しくね„ そう言い残した母の声は、心なしか弾んでいたようだ。常に「在宅」を要求される専業主婦だから、「家」に飽き飽きしているのだろうか。私はというと、家に独りでいるのが１番好きだ。が、父・母・妹の４人暮らしなので、１人になれるチャンスは滅多にない。
１人の何がいいのか？ ズバリ、「自分のことに集中出来るから」。年老いた両親と一緒に住んでいると、自分優先に暮らすのはなかなか難しい。だから、１人になれる時間は、自身の心が渇望している「ゴールデンタイム」なのだ。自分のことに集中すると言っても大したことをするわけではない。
月兎耳という名前に惹かれて購入したものの、今ではリビングの片隅で居心地悪そうにしているサボテン。そのサボテンにたっぷり水をやったり、スケジュール帳に書きそびれていた予定を書き足したり。実に些末なことばかりだ。でも些末事が１つずつ片付いていく様は無条件に気持ちいい。
昨年10月に、諸事情があって新築マンションに引っ越した。新築マンションの最大の利点と思うのだが、気密性の高さによって生み出される高密度の “沈黙の空間” は、最早私の宝物になりつつある。私の住むマンションは、バス道路沿いに立地していて、昼間は結構賑やかである。だが、一度窓を締めると同時に、「しん」と音が聞こえてきそうなくらいの重量感のある沈黙が、辺りを支配する。
私が最も「沈黙の重要性」を感じるのは、恥ずかしながら、家族と「口喧嘩」するときである。口で敵わないのなら、一言も喋ってはならない。これは、痛い思いや悔しい思いをした上で勝ち取った、貴重な経験則である。
沈黙は口下手な者にとっては「最大の武器」であり、雄弁に語る者にとっては「最大の恐怖」になる。何故恐怖になるか？ 沈黙の背後に控えている「膨大な質量の怒り」を想像してしまうからだ。
そして、喧嘩という非生産的な行為の代償を最小限に収めてくれるのが、沈黙という名の智慧なのだ。口喧嘩する相手とは、得てしてその「しがらみの関係」を継続していかねばならない場合が多い。口喧嘩してそれっきりという結末では困るのだ。そういう意味でも、沈黙する＝余計なことを言わない、という態度は、関係悪化の傷口を最小限度に抑えてくれる。まさに《沈黙は金》なのだ。
RPGオンラインゲーム『MILU』の特徴の１つに、リアルタイムでメッセージが交わせるチャットの種類の豊富さがある。その場面によって、その付近の人に広く呼びかけたり、心を許した友だけにつぶやいたり、自在にチャットを楽しめる。
チャットの何が楽しいかって、メンバー同士がネットワークで繋がったチャットの相手は友達、または今後友達になる可能性のある人に限られる。だから自然、無意味な諍いは話題にはならず、楽しくて前向きなことだけが話題に上る。
友人の仲において、沈黙は有り得るか？ 私は有り得ると思う。『MILU』のまったりとした空気感の中でなら、「良質の沈黙」を創ることも可能だ。何故なら、良質の沈黙は、「良質の人間関係」の上に成り立つものだから。皆さんも経験があるだろう。本当に腹を割って話すことの出来る２人には、沈黙もよく似合う。言葉を交わさないのに、また一段とお互いのことを知り得たような気になるものだ。
雄弁に語るのは苦手だな、と自己分析する方には、 “愛在る沈黙” をお勧めする。それは、周囲と壁を創る沈黙ではなく、何も語らずという優しさで周囲を包む沈黙である。と、口で言うのは簡単だが筆者自身、愛在る沈黙の域には達しておらず、残念ながら諍いの際の有効手段として、沈黙の力を借りようというレベルである。
Writer：ひねもす
