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♨温泉には平和と癒しのための特別な力がある。だから一切の争いごとを
神聖な温泉に持ち込むべからず(北カリフォルニア・インディアン諸族の諺)
“温泉” が苦手だ。日本人らしからぬ発言で恐縮だが、温泉には、かれこれ四半世紀行ってない。単に性別が同じというだけで、どこの誰とも分からないまま、一糸まとわぬ姿で、というのは私には耐えられない。寛げない。どんなに、温泉が気持ちの良いものであっても、だ。
そんな私も幼稚園の頃、家にお風呂が無かったので、近くの銭湯に入りに行っていた。何の屈託もなく、時には広い湯船で泳いだりして。お風呂上がりにはコーヒー牛乳を飲んだりして、普通に銭湯を楽しんだ。随分前のことなので、記憶は大分薄らいだが、湯船に浸かったその瞬間、老いも若きも“……はぁ~„ となんとも無防備な、幸せなため息をついていた。その時は、苦労知らずの幼子だったので、ため息の意味が分からなかったが、今となってはよく分かる。毎日毎日の疲れという荷を、しばし湯船に預けたのだろう。科学的には、気温、体温とお湯の温度差が大きい時は、瞬間的に筋肉が緊張するためお腹の底から“……はぁ~„ と声が出てしまう、と説明が付くのだろうが、あえて心情的理由を採用したい。
♨羞恥心は塩のやうなものである。それは微妙な問題に味をつけ、
情趣をひとしほに深くする。(萩原朔太郎)
野生のニホンザルも、温泉に入ってストレスを解消している!? 先ごろ、京都大学霊長類研究所のラファエラ・サユリ・タケシタ研究員のチームが国際科学誌電子版に、サルの温泉入浴と、ストレスの指標となるホルモン「グルココルチコイド」濃度との関係を発表した。
論文では、同じサルで「グルココルチコイド」濃度を比べた結果、冬には入浴が観察された週は平均で20%ほど低くなる傾向があり、温泉でストレスが低下したと考えられるとした。
日本は世界屈指の温泉大国である。源泉数は2万7000本を越え、その湧出量は毎分約260万リットルにものぼる。しかも、42度以上の高温泉が約47%を占めている。そして日本の3000ヶ所以上の温泉地には宿泊施設があるそうだ。全国各地で “……はぁ~„ がこだましているのだろうな、と思うと、私の中で眠っていた温泉好きの日本人の血が騒ぎ出してきた。子ども染みた羞恥心は、この際捨て去ってみようか? サルだって、ストレス解消に温泉を利用しているのだし。
♨ 死滅しないものとは何か。自然であり、美である。(武者小路実篤)
温泉の歴史は人類の歴史より古い。時空を超えて、遙か古代人たちの時代と同じ湯脈をくぐり抜けてきた温泉を、今も私たちが共有できる。それはまさに、ロマンに満ち溢れてはいないだろうか。だが、温泉も時代に柔軟に対応することによって、変貌を遂げている部分もあるようだ。その最たるものが “湯治” である。湯治とは、温泉場に長く滞在し、温泉に入ることで温泉の効能をより多く享受しようとする、古代から現代に至る人間の智慧といえよう。
換言すれば、湯治とは「心と体の再生の場」とも言える。一昔前は、お百姓さんが農閑期に体のあちこちの痛みを取りにやってくるというのが、湯治客の主流であったようだ。今はというと、日常の暮らしの中で知らぬ間に溜まった心の疲れを取りに来る、若い女性客が主流になってきている。
私にとっては、湯治の方が温泉に行くことより、ハードルが低そうだ。一度行ってしまえば、3~4日(或いは、それ以上の滞在)、同じお客さん、同じ旅館の従業員と顔を合わせるわけだ。いつかは慣れてくる瞬間も来よう。
RPGオンラインコミュニティゲーム『MILU』も、例えるなら湯治のような効果を、疲れた心にもたらしてくれる。1回目より、2回目、3回目と回数を重ねるに連れ、顔馴染みが出来てくる。もうすぐ10周年を迎える『MILU』は、初期の頃からのユーザーさんに愛されて育ってきたゲームなのだなぁ、と実感することが、ゲームをしていて度々ある。〝一度離れて、また戻ってきました〟というユーザーさんにもよく遭遇する。敷居が高くないのがいい。《去る者は追わず、来る者は拒まず》の考え方が自然発生的に出来ているのだ。
温かな『MILU』の効能もぜひお試しあれ。
Writer:ひねもす