インビクタス/負けざる者たち

Illustration　by　Noblesse Oblige

▍何事も達成するまでは不可能に思える

反アパルトヘイト（人種隔離政策）運動の闘士として、その撤廃に生涯を捧げたネルソン・マンデラ氏。そのため国家反逆罪として終身刑を受け、27年間もの長きにわたり獄中生活を余儀なくされる。そういった過酷な仕打ちにも屈せず、釈放後に全人種参加の選挙によって、南アフリカ初の黒人大統領に就任するに至るのだ。

巨匠クリント・イーストウッド監督による映画『インビクタス/負けざる者たち』。絶望の淵で出会った詩の一節を心の支えに、枯淡の域に達した一人の老人が、ラグビーチームの若者との交流を通して、南アフリカに変革という奇跡をもたらす物語。

▍恩讐を越えて、国のため、民のために。

囚人から大統領という絶対権力者になったのだ、当然白人達は報復を恐れた。政府の主要ポストの白人官僚らも報復的人事を覚悟していたが、マンデラ大統領は「南アフリカを再建するために協力してほしい、あなたたちの協力が必要だ」と呼びかけた。個人的な恨みよりも国の未来を憂いて抑圧した側を赦す。なかなかできることではない、マンデラ氏の寛容さが窺い知れるエピソードだ。これはテンブ人の首長の子として生まれ、部族の首長が持つべき統率力や寛容の精神を教え込まれたこと、そしてメソジスト派のミッションスクールでの教育が、マンデラ氏の人格形成に大いに影響したと思われる。

本作ではマンデラ氏の27年に及ぶ獄中での辛苦は描かれてはいない。観客の想像力に委ねられている分、“赦し”という言葉が特別な響きをもって胸に迫ってくる。

▍アパルトヘイトの象徴、ラグビーで国をひとつに。

マンデラ氏が大統領に就任した後も、依然として白人層の心根から黒人への差別意識が消えることはなく、経済格差という国難も立ちはだかっていた。マンデラ大統領は誰もが熱狂するスポーツであれば国民をひとつにまとめられると確信し、あえて黒人には不人気のラグビーを白人と黒人の和解の象徴にしようと考えた。というのもラグビーはルールが複雑なため、教育水準が低く貧困層の多い黒人には受け入れられず、白人や富裕層のやるスポーツとされていたからだ。1995年に自国で開催されるラグビーワールドカップに向けて、マンデラ大統領は代表チーム「スプリングボクス」の立て直しを、キャプテンのピナールに委ねる。

マンデラ氏の不屈の精神は白人のピナールを感化しただけではなく、チームを団結させ、決勝でニュージーランドの強豪チーム「オールブラックス」を破り優勝するという偉業を成し遂げたのである。それまでアパルトヘイトの影響でワールドラグビー主催大会から除名されていた南アフリカに、ラグビーワールドカップ初開催とともに初出場、そして初優勝という栄冠をもたらしたのだ。その奇跡はとどまることなく、歓喜とともに国民全体へと波及していく……。

▍憎しみを学べるのなら、愛を教わることもできるはず。

カーラジオでラグビーワールドカップの実況を聴いている白人の運転手と、煙たがられながらも近くで聴こうとする黒人少年の場面は、微笑ましくもあり、変革とは市井の人々の生活に根差したものという意味で強く印象に残る。そして試合後、ラグビーが嫌いな黒人SPと勝利を分かち合おうとする白人の観客で描かれたように、スポーツで国民が一体となることで人種差別の壁、偏見という垣根を越えようとする試みは見事に成功するのだ。

長い間対立してきた白人と黒人、そして経済格差という溝は、トップダウン方式の大統領令よりも案外こういうことで越えられる、そしてこの程度のことで人間はいがみ合ってしまう愚かな生き物だと、マンデラ氏は獄中で気づいたのかもしれない。